戦国史リプレイ【ドイツ・欧州戦線】

  • 2017.03.10 Friday
  • 22:26

どうも、サブです。

大変お久しぶりです。

 

ドイツで戦国史、やっていきたいと思います。

 

 

■ブリッツクリーク

1942年6月に西部はロンドン、同年7月に東部はレニングラード、そして9月にモスクワを陥落させた我が軍は、続いて北大西洋の制海を目指す。また、ロンドン以北を制圧する事も同時に画策。これが成功すれば、米英両国に多大な損害を与える事になる上に、後顧の憂いを取り除く事になり、一挙両得となるのだ。

 

ただ、後顧の憂いになり得る軍勢を相手にするわけで、そう簡単に殲滅は出来ない。

東部戦線において、11月にアルハンゲリスクにてソ連軍の半数を壊滅させる戦果を挙げたことで、西部戦線に戦力を集中させて先述の部隊を追い詰める事に全力を挙げ、他の地域は最低人員で現状を維持する。

 

1943年5月、激戦の末スカパフローを陥落させ、上手い具合に米連合の主力を封じ込みに成功。米連合が総勢10万を切ったところにグラスゴーに32000余を抑え込み、挙句の果てにリッジウェイやアイゼンハワーなど智謀7以上が5人もいる。欧州戦線においては主力中の主力である。

 

尚、米連合は亜細亜戦線と欧州戦線に分かれて行動しているが、この時は大体5分の2が欧州戦線に従軍していた。

 

またその翌月、ようやく欧州側の北大西洋、これの制海に成功する。

この時のドイツの国力は299万余であり、米連合の国力315万余とはもはや僅かな差となっており、米本土に侵攻する夢も、現実味を帯びてきた。

 

part2 前|part3|次 part4

 

■戦国史リプレイ【ドイツ】シリーズ

part1

part2

part3

part4

part5

part6

part7

 

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